『甦る光彩』という作品に込めた見える喜び。
確かな技術と多焦点眼内レンズで選んだ病院
―― 77歳にして、まだまだ精力的に繊細な色合いの作品を生み出されている牧野さん。2012年には左目、2017年には右目の白内障手術を、どちらも『名古屋アイクリニック』で受けておられますね。見え方には満足されていますか?
牧野さん「はい、左目には多焦点眼内レンズを、右目には50cmの眼内レンズを入れることで、どの距離もよく見え、支障なく作品を作ることができています。右目の手術の際には、先生にご相談し、前回とは、あえて違う色のレンズを選択しました。両目で見ることで融合されて理想的な色に見えるように微調整しましたので、より一層満足した見え方になりました」
―― 最初に手術をされた左目はいつぐらいから、どんな症状が気になって白内障のオペを検討されていたのでしょうか?
牧野さん「最初の手術の2、3年前、60代後半になったくらいから、視界がぼやけて、コントラストが弱くなり、色相も濁ってきたと感じました。
ステンドグラス製作においては、手元の細かい細工やガラスの吟味という点で近くが良く見えることはもちろん重要ですが、同時に離れて作品全体を見た時のバランスや光彩、また壁面に反射して広がる模様や投影された色など、遠くが良く見えることもたいへん重要です。そこで、白内障手術を受けるのであれば、健康保険が適用されることで一般的に選択される『単焦点眼内レンズ』ではなく、近くも遠くも良く見える『多焦点眼内レンズ』が必須だという結論に達し、多焦点の手術経験が豊富で技術的にも信頼できるところを探した結果、『名古屋アイクリニック』に辿り着きました」
―― 芸術家にとって目は命。見えにくいままでは困りますが、取返しのつかない事態は作家生命にかかることですので、さぞ慎重に病院をお選びになったのでしょうね。
牧野さん「はい、おかげで良い病院に巡り合うことができました。緑内障もありましたので、左目の手術前は、ステンドグラスがつくれなくなるのではないかとの不安もあったのですが、手術翌日には視力だけでなく作品の光彩までも感じられるようになっていて、言葉にならないほど感動しました」
2019年10月初旬には、名古屋市の妙香園画廊にて、『名古屋アイクリニック』で白内障や翼状片の手術を受けて視力が回復した芸術家3人(ステンドグラス作家の牧野克己さん、彫刻家の杉本準一郎さん、洋画家の三輪光明さん)による作品展『光もとめて』が開催され、好評を博した。『名古屋アイクリニック』が20周年記念行事として後援。弱視の人々も、触れたり、聴いたりすることで楽しめる作品も展示された。また、術後の光を取り戻した感動を表現した作品も、それぞれが出展。牧野さんの『甦る光彩』でも、枯れ果てて葉脈だけになった葉から芽生える、眩い輝きの若葉が表現され、その弾けんばかりの喜びを、作品を通じて共有することができる。
―― 学生時代からデザインの勉強をなさっていたのでしょうか?
牧野さん「岐阜県立岐阜工業高校の繊維工学科の出身で、在学時代は、織物のデザインのために水彩画の勉強をしていたんです。ただ、その当時から、伝統技術だけでなく、これからの先進技術も学んでおくべきだろうと考えていましたので、夜間の短大電気工学科にも通っていました。その甲斐あって1964年、『三菱電機株式会社』に就職できましてエレベーターデザインの開発業務に就くことができたんです。当時の企業には余裕がありましたから、ありがたいことに働きながら勉強時間が捻出できる『武蔵野美術短期大学通信学部』の工芸デザイン科を4年ほどかけて卒業いたしました。その時の学習が、人生で一番のデザイン知識と基礎技能の習得期でした」
―― 牧野さん、学生時代から余暇があれば、常に先を見据えて学び通しておられますね。水彩画を学びながらの夜間の短期大学電気工学科、働きながらのムサビ短大、そしてステンドグラス。人生を何人分も生きておられるほどの勤勉ぶりですね」
牧野さん「確かに言われてみればそうですね(笑)。振り返れば、未来に良いことがあるように、先に先にと種まきをしてきた人生でしたね」
―― しかも、どの種も見事な花を咲かせ、実をたわわにつけておられる。2020年77歳になられた今も、どんどん耕して種をまき続けている牧野さんには頭が下がります。
牧野さん「自分の幸せは、自分で種をまいておけばそのうちの幾つかは収穫として得られますからね。そうして得た幸せを、周りの人に分けてあげられたら、“いい人生だったな”で終われそうだというのが、今の私の心境です。せっかく眼の光彩も甦りましたのでね、まだまだつくり続けていきたいですね」
牧野さんのご自宅に隣接するアトリエを見せていただいた。製作中のステンドグラスと下絵の水彩画が置かれている。この光景を見てハッとさせられた。にじみ、グラデーション、光の濃淡、重ね塗り、輪郭のかすみで現わされた遠近法……、牧野さんのステンドグラス作品が持つ情緒的な雰囲気は、学生時代、専門的に学ばれたという水彩画の技法がふんだんに活かされているのだ。水彩画ならではの柔らかで繊細な反射光の世界に、ステンドグラスの透過光が瑞々しい生命力を与えている。
これからも、牧野さんの光を取り戻した両の目が、素晴らしい日本の原風景をステンドグラスに封じ込め、幾世代も先まで鮮やかに残してくれるに違いない。